2026 年 2 月

2/1(日)

昨日友人と六義園の話をしていたら久しぶりに行ってみたくなったので,今日の朝は六義園に行った.冬の朝に行くと心地良い.梅も咲きつつある.水が一部枯れていて少し残念だったが.

暫く滞っていた高野『常微分方程式』を読み進めた.

先月末から《帰ってきたヒトラー》が YouTube で無料公開されていたことを知った.ずっと観たいと思っていたのだが,中々観る機会がなかったので喜び勇んで観た.ものすごい映画だった.ヒトラーが市民と対話しているシーンは台本があるわけではなく,本当にヒトラーの格好をした役者に市中を歩かせて(凄まじい度胸だ!)そこにいた市民とアドリブの会話を撮影しているらしい.どこまでがドキュメンタリーでどこからがフィクションなのかが曖昧な描写だったので尚更ぞっとした.もちろん事情は違うので単純な比較はできないが,ドイツでも日本でも状況は概ね似たような感じなのだろう.高市早苗が選挙で日本を騒がせているこの時期にこの映画を無料公開したことには何らかの意図を勘繰らざるを得ない.様々なパロディ(総統閣下シリーズは海外でも知られているのか?!)や笑いを取ろうとしているシーンもあってついつい笑いながら観てしまったのだが,全編を観終えた後では笑ってしまったことを隠したくなるような映画だった.

因みに,ヒトラーがいつもの四人に怒鳴りつけるシーンを見て育った(見て育ったわけではないが)私は,小学生か中学生の頃に初めてメガネを買った時,手を震わせながらメガネを外す仕草を一人でやってニヤニヤしていたという記憶がある.

2/2(月)

Ayoub の L’algèbre de Hopf … I の 2.3.1 節を読んでいた.de Rham 複体によって motivic Hopf algebra のモデルがかなり具体的に計算できるという話なのだが,本当にモチーフを操作している感じがして面白い.しかし上手く出来ているものだ.

2/3(火)

昨日に引き続き Ayoub の L’algèbre de Hopf … I の 2.3.1 節を読んでおり,読み終えた.de Rham 複体を更に詳しく計算していくと最終的に formal period のなす代数が現れるという定理に着地するのだが,とても面白かった.恐らく,最も非自明でかつ技術的なのは Lemme 2.98 という補題だろうと思う.これをが示せれば残りは(かなり面倒ではあるが)ある程度形式的な議論で済む.Ayoub の理論は抽象的で非常に綺麗な形に纏められているので,それゆえに具体的な姿を見ることは中々難しそうに思えるのだが,それでも計算を頑張るとここまで地に足のついた形で記述することができるのは非常に興味深い.自分もこのような数学が出来たら良いなあと思う.次回のセミナーは一応 Une relative version … の 3.5 節をやることになっているが,この節は L’algèbre de Hopf … I の 2.3.1 節を要約したようなものなので,今日読んだことを話しても良いかなと思った.(あと,数回前のセミナーで motivic Hopf algebra が connective であることを fact として述べたが,これは motivic Hopf algebra のモデルを計算する過程で系として導かれるものだった.)ここまではずっと抽象的なモチーフの理論をこねくり回しているという趣だったが,漸く period という「地に足のついた」対象が現れたので楽しくなってきた.

みずほマーケット・トピック(2026 年 2 月 2 日)「高市演説を受けて~危うい現状認識~」を読んだ.恥ずかしながら,経済に関して全くの無知なので,最近耳にすることが何を意味しているのか全然分かっていなかった.

2/6(金)

今日はヴァイオリンのレッスンと先生とのセミナーがあった.ヴァイオリンではカイザーの練習曲の 13 番とヴィヴァルディの協奏曲(Op. 12, No. 1)の第 2 楽章が終わった.カイザーの 14 番と第 3 楽章は中々大変そうだ.

セミナーでは motivic Hopf algebra(というか今日扱ったのは effective な場合だけなので Hopf algebra ではなくて bialgebra だけだが)の計算について話した.このモデルはかなり初等的に書けるので例えば motivic Hopf algebra の 1 次が消えていること程度は頑張って計算すれば分かりそうな気もするのだが,それが非常に難しい問題らしいので少し不思議な気もする.やはり難しいところは代数的な冪級数を考えているということなのだろう.抑も(有理関数以外の)代数的な冪級数を見つけるということ自体が難しいことなのだから.

投票に行った.投票所は驚くほど混んでいた.

帰りに本屋に寄ったら『紅楼夢 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』という本が去年出版されていたことを知った(買ってはいない).『紅楼夢』を久しぶりに読みたくなったが,如何せん長いので中々……

2/7(土)

普段は夢を見ても全く覚えていないのだが,今日は珍しく覚えている.ホテルのような施設の大浴場(複数の部屋に亘っているほどに大きい)を彷徨っていると,設備が半ば壊れていて掃除もされておらず長らく使われていないと思しき部屋にたどり着いた.当然そこには誰もいなかったのだが,なんとなくそのまま進んでいくといつの間にかたくさんの人で賑わっている部屋の浴槽の中(?!)に出ていた.目が覚めてから考えてみると,これはどう考えても poolcore の影響だろう.

Lurie の Ultracategories を眺めていた.これは純粋に 1 圏論の話だが,\infty 圏論的な類似もあるのだろうかと思って調べてみると,Barwick, Haine. “Pyknotic objects, I. Basic notions”

We are also grateful to Jacob Lurie, who explained to us many ideas related to ultracategories, and in particular outlined for us the \infty-ultracategory material that will eventually be added to [Ker].

と書いてあった.[Ker] というのは Lurie の Kerodon のことだが,Kerodon にはまだ書かれていないようだった.

2/8(日)

数学において,まともに相手にするには難しすぎるが,しかし解ければ非常なご利益をもたらすことが約束されている予想があった時,それに触れないようになんとか回り道をしながら,最善ではないにせよ十分意義のある部分的な結果を引き出すという手法が取られることは多い.例えばモチーフの理論などはまさにそれである.Grothendieck が構想した段階では標準予想を仮定した上で築かれた理論だったが,その後に標準予想を仮定しないで済むような回り道が考えられ,それによってさまざまな結果が示された.

前口上はこれくらいにしておいて,本題に入りたいのだが,日常生活でも同様のことがある.今日は部屋の掃除をした.数年前に引っ越しをして以来私の部屋には一つも収納がなく,無造作に置かれた(置かざるを得なかった)幾つかの段ボール箱が目の上の瘤だった.しかし今日片付けをしていたらそれを上手いこと目立たない位置に押し込めることができた.これは全くもって本質的解決ではないが,まあ意義はあることではないだろうか.これによって部屋がかなりすっきりしたので嬉しい.

埼玉でも雪が積もった.あまりたくさん雪が降る地域ではないので,偶に降ると嬉しい.

選挙結果(まだ開票速報だが)にはかなり驚いた.高市ブーストと雖もここまでの威力があるとは思っていなかったし,中道が想定していたよりも弱かったのは残念だった.一体これから日本はどうなってしまうのだろうか? 本当に心配になる.

2/10(火)

Motives in Tokyo 2026 のプログラムが出揃ってきたので,どれを聞きにいくかを考えたい.Annette Huber 先生もいらっしゃるそうだ.Hesselholt 先生は最近話題の(?)Gestalten に関する講演をされるらしい.私はその辺りの話題を追っていない(追えない)ので何のことやらさっぱり分からないが,ちょっと気になる.

それから,東京・春・音楽祭も聴きに行くものを決めたい.矢張りシェーンベルクの《グレの歌》は聴きたい.

明日は古典アルメニア語の読書会があるので古典アルメニア語を訳した.久しぶりに読んだような気がするのだが,意外と覚えていたので良かった.

2/13(金)

今日はセミナーがあった.3.6 節の tangential な方の period の計算(と言っても難しい部分は全て 2.7 節の飛ばした部分で尽くされるのだが)を扱った.tangential Betti realisation のモデルは謎の diagram の colimit として定義されていて訳が分からないのだが,log の扱い(D\mathcal{D} 加群や \ell 進層などではそれぞれに ad hoc な方法で扱うらしい)を motivic に行うということが念頭にあるらしい.あと 3 節は残り僅かなので,そろそろ 4 節に入れそうだ.Ayoub のセミナーは今回を含めて既に 9 回やったらしい.もう半分は越えたので,あと 7, 8 回くらいあれば終わるかしら? 来週は Motives in Tokyo があるのでセミナーは無くなった.

今週は大学に行く機会がなくて駒場図書館の本を延滞していたのだが,今日漸く返却することができた.

前期課程・初修外国語を一つに絞る制度を廃止へ 全員が二言語のどちらかに自動振り分け(東大新聞オンライン) 来年度から希望の言語を二つ選び,そのうちのどれかに割り振られるという制度に変わるらしい.人数の問題などがあるのだろうが,教育上は改悪としか言いようがないだろう.そもそもこれは大学自体が第二外国語を軽視していると公式に表明しているようなものではないか? 私の代は希望する言語は一つか二つのどちらでも良かった最後の代だった(筈だ)し,TLP も良い感じだったので運が良かった(TLP も別のプログラムに変わってしまったらしい).

セミナーの後少し時間があったので久しぶりに新宿の鉄緑会に寄って M 先生と雑談をした.

メモ:

2/14(土)

三島由紀夫の『仮面の告白』を読んだ.雰囲気があまりにも『地下室の手記』だなあと思っていたら,解説でも『地下室の手記』に言及されていて面白かった.私は異性愛者なので同性愛的な情欲の描写には共感することはできないが,しかし自分が本当に思っているのかどうかさえ疑わしい事柄でも自分に言い聞かせているうちにそれが思いのほか内面に深く根を下ろしてしまい,挙句には自分の本心(なるものが仮に存在するとして)が分からなくなってしまうということには共感を覚えた.私は(この作品に託けて自分語りをしてしまって恐縮だが(とはいえこんな日記は殆ど誰も読んでいないだろうが))過去の自分が忌々しいあまりに過去の自分に対して冷笑的・嘲笑的・反抗的態度を取り続けて常に一昔前の自分の考えを否定することに躍起になっているうちに,自分の考えというものが本当に分からなくなってしまったような気がする.

余因子行列をもとの行列と掛けると det(A)E\mathop{\mathrm{det}}(A)E になる仕組みを初めて理解した時に結構感動した覚えがあるので,余因子行列というのは今でも好きな概念の一つだ.別にだからと言って余因子行列について特別よく知っていたりよく使ったりするわけではないが.

2/15(日)

日曜日は本当に体調が悪い.週末頭痛というものもあるらしいが……

Rezk の Introduction to quasicategories には lifting property に関する形式的な性質が纏められていて便利だ.

何となく気分で『D 加群と代数群』を眺めていたのだが,左右の区別がある代数は大変だ.

2/16(月)

今日は朝にヴァイオリンのレッスンがあり,昼には Motives in Tokyo に顔を出し,そして夜はコンサートに行った忙しい日だった.

Motives in Tokyo では大坪先生の講演と Röndigs 先生の講演を聞いた.大坪先生の講演は比較的初等的な話で面白かった.Röndigs 先生の方は (unstable) A1\mathbb{A}^1-homotopy theory を応用するとこんなことが分かるのかと思った.私の個人的な興味として,最近はこういうような「応用数学」にも興味が出ている(というかこのような応用こそモチーフ論の面目躍如たるところではないか).

夜はインバルと都響のマーラーの 8 番を聞いた.今日はインバルの誕生日で,この演奏会も卒寿を記念したものだったのだが,とても 90 歳だとは信じ難いほどの若々しさに圧倒された.生命力が横溢し,勢いと凄みのある素晴らしい演奏だった.このような演奏を生で聴くことが出来たのは何と幸せなことだろうか.

演奏会でマーラーを聴くたびに思うのだが,マーラーの作品は,ともするとこの世界もまだ信頼を寄せるに足るのではないかと思わせてくれるようなところがある.21 世紀に生きる人間であるにもかかわらず,意味だとか超越的なものだとかを信じたくさせるところがある.

巨大な作品に万歳! 真に偉大な芸術の前では人間はあまりにも小さいし,寧ろそうあるべきだ.それは,私が小さすぎるというのは勿論,インバルやマーラー自身だって彼らが生み出す(書く/演奏する)音楽と比べると遥かに小さい存在であるに違いない.「カラマーゾフ万歳!」に比べてドストエフスキー本人はあまりにも小さい存在でなければならないし,代数幾何学に比べてグロタンディーク本人はあまりにも小さい存在でなければならない.人間性が作品を彩るのではなく,作品が人間性を易々と吹き飛ばしてしまうくらいが望ましいのだと思う.

2/17(火)

Motives in Tokyo 二日目.今日は 10 時から参加した.この時間だと少々辛い.一年生の頃にほぼ毎日一限(8:30 から)に出席できていたことが信じられない.

Soslino 先生の講演は抽象的だったのであまりよく分からなかったのだが,非可換幾何学というのがスキームの代わりにその導来圏を考えようという試みだそうなのだから,例えば1/3 の日記で言及した Orlov の予想などはこのようなことが背景にあるのかもしれないと思った.

秀司先生の講演を聞くのは初めてだった.面白かった.

帰ってから Cisinski を読み進めた.前回のゼミは準備する時間がなくて日程をずらしてもらったので,流石に次回(木曜日)は発表しないといけない.大丈夫だと思うが.ゼミで他人の発表を聞くときにはこの部分は難しいねぇ……という気持ちになる一方で,自分が発表するときにはここは比較的簡単でラッキーだった! という気持ちになるのだが,参加者に聞くと別にそうでもないと言われることが多いので,結局理解することに費やした努力の量なのだろうということに今更気が付いてきた.

東京・春・音楽祭の《グレの歌》はユースチケットの発売開始日を間違えて記憶していた為に購入できなかった.残念だ.

2/19(木)

昨日は家を出ようとしたときに電車の大幅な遅延に気が付いてしまったので,泣く泣く断念して家にいた.興味のある講演だったのだが,いずれオンラインで録画が公開されることだろうし……

今日は Motives in Tokyo に行った.Huber 先生の講演はまさに私が講究で扱ったような 1-period の話だったが,1-period が張る線型空間の次元の explicit formula が quiver representation の理論を援用することで導かれるということは知らなかった.

今日は講演が終わった後にコモンルームで sushi party が開かれていたらしい.私はこういう集まりに中々顔を出さない類の人間なのだが,これからは色々な人と知り合う為にも積極的に参加してみた方が良いのかもしれないと思った.尤も今日も私は参加しなかったのだが……

Motives in Tokyo では(恐らく Kelly 先生のご好意で?)コーヒーが無料で飲めて嬉しい.

今日の夜は Cisinski のゼミがあった.3.4 節を発表した.

\infty-categorical な状況では前層を層化する為に plus construction を無限回繰り返す必要があり,これは \infty-categorical な層条件が hypercovering による descent を満たすことを要請しているからだと思う(というか私は \infty-category をよく知らないので適当なことを言っているだけなのだが,少なくともモデル圏の意味で適当な前層圏を topology で局所化した時の local object は cohomological descent を満たす前層になっていたはず)のだが,逆に site 上の層化が(1 回でも 3 回でも無限回でもなく)2 回の plus construction で済む理由を今まで考えたことがなかったので,事実としては 2 回で済むことを理解しているが,概念的にはあまりよく理解していない.←そうではないらしい.

2/20(金)

Motives in Tokyo 最終日.今日はコーヒーが売り切れていて飲めなかった.Shin 先生が motivic cohomology において rigid analytic な GAGA principle が成立するような場合に関する講演をされていてが,こういう話は Ayoub の rigid analytic motive などと関係するのだろうか?

Motives in Tokyo では他の参加者とあまり話せなかったのが心残りだった.かりにも研究者を志望するのであれば,ある程度の社交性を身に付けておきたいものだ.

大学院入学手続きの案内が届いた.受付期間が短すぎる.

2/21(土)

何に関してであれ,誇りを持てる人というのは素晴らしいと思う.私は自分に関することに中々誇りを持つことが出来なくなってしまった(とはいえ勿論罵られたりしたら悲しい思いはするのだろうが).自分の生の全てが醜く,恥ずかしく感じられる.これは私が謙遜で殊勝な人間だからというわけではなく,寧ろ過去の自分に対して批判的な態度を取ることによって現在の自分の優位性を僅かにでも確保しようとする卑劣な魂胆によるものである.畢竟するに私はコンプレックスに塗れ,常に誰かを見下さずにはいられない醜悪な性根の人間なのだが,さりとて他人を堂々と非難出来るほどの度胸もないので,最も手頃で且つどことなく快い自己批判に明け暮れている.我ながら悪賢い戦略を編み出したものである.しかし一つ断っておきたいのだが,こんなことを言ってはいるが私の心は全く健全なので,安心していただきたい.それどころか,私は自分が世界で最も幸福な人間であると確信している.私の中では幸福と卑劣は同一ではないにせよ,極めて近い位置にあるものである.私は世界で最も幸福であり,世界で最も卑劣である.

昨日駒場図書館で高野恭一『常微分方程式』と野海正俊『パンルヴェ方程式』を借りた.前者は以前借りたものの,読み終えないまま返却期限が来てしまったので,再び借りた.除籍本として配布されていた Grappin の Histoire de la flexion du nom en polonais と Decaux の Morphologie des enclitiques polonais を持って帰ってきてしまった.

2/22(日)

全く気がついていなかったのだが,今年はヴァインベルク没後 30 年であるらしい.それを記念してか,ヨーロッパでは Oper FrankfurtOpéra national du Capitole でヴァインベルクの Die Passagierin が上演されているらしい.日本でも上演されてほしいものだ.因みに私は 3 年生の頃に取った 20 世紀オペラの授業でこの作品についてレポートを書いた.

Mirga Gražinytė-Tyla も新しい録音を出していたそうだ.

今日は昼にアルバイトがあった.例によって例の如く頭は痛かったが薬を飲めばなんとかなったし,あまり眠くはなかった.アルバイトの前後に時間があったので,やるべき仕事を終わらせた.

サイゼリヤ ドン・キホーテ後楽園店は同じビルに併設されたリッチモンドホテル東京水道橋の宿泊者に朝食を提供する役割を担っているようで,朝 7 時から 10 時の間はモーニングメニューという特別なメニュー(恐らくこの店舗だけ?)のみが注文できるようになっているらしい.10 時で一旦閉店し,11 時に営業再開するとのことだ.

因みにサイゼリヤ舞浜駅前店には(日本で唯一!)モーニングビュッフェがあるらしい(ダイヤモンド・オンライン).サイゼリヤファンとしては行ってみたいものだ.

2/23(月)

アルバイトの会議があった.長かった.アルバイトで作った問題の解答を作った.解答を Gemini に読ませたら間違っていると言われたので,対決して納得させた.「私に阿るな」と言ったからか結構しぶとく反論してきた.

先日コモンルームで配られていたので持って帰ってきた紙が上等なものだったようで,万年筆で書いても滲まないし裏に染みないので嬉しい.コピー用紙だと薄すぎて書くに堪えない.

2/25(水)

今日は午前中にヴァイオリンのレッスンがあった.ヴィヴァルディの g-moll のコンチェルトの第三楽章は難しい.

Ayoub の Une version relative … の DD 加群を使っているところは(私が DD 加群をあまり知らないせいで)いまいちよく分からない.ここ数日あまり進捗がない.セミナーの準備も進めないと.

シュルキンの文明の終焉四部作の上映が始まったようなので,観に行きたい.あと黒の牛もまだ観に行けていない.

2/26(木)

明日はセミナーの予定だったが,準備間に合うか微妙ですと先生に言ったら,今回はオンラインだし焦らなくて良いので来週にしましょうと言われた.有難い.時間に余裕ができた.

Ayoub の Une version relative … の定理 3.27 の証明(及び erratum)が二週間ほど前には分からなかったのだが,今日考えてみたら殆ど明らかだった.どうしてこんなことに気が付かなかったのか.

ΨUan\Psi_{U^{\mathrm{an}}} という関手の右随伴 が Uan\pitchfork_{U^{\mathrm{an}}} という記号で置かれていて面白い.しかし,聊か奇を衒いすぎではあるが,FF の随伴関手を FF などと書くのは,記号の節約という観点からは意外と有用かもしれない.

なかなか言語のチョイスが渋くて面白い.

2/27(金)

Stanisław Masłowski という画家を知った.

スタニスラフ・マスロフスキ《月の出》1884年、クラクフ国立美術館 pic.twitter.com/noarK5eQVV

— 薄明かりの絵画 (@twilight_art) February 27, 2026

別に今までは大学院生に対してなんとも思っていなかったのだが,いざ自分が大学院生になろうとしてみると,まともに働かないでいつまでも(親の脛を齧って!)道楽に耽溺しているような心地がしてなんとも言えぬ気恥ずかしさを感じてしまう.私は偶に自分が甚だ旧弊な価値観を内面化していることに気が付いて驚くことがあるが,これもその一つだ.こんなことは言ったところで何の益にもならないし,単なる美徳シグナリングに過ぎないのだから,言うべきではないのだが……

2/28(土)

東大数理の YouTube チャンネルに上がっていた本多先生の「リーマン多様体とその極限」という動画を見た.こういう話は何となく友人から聞いていたが,確かに面白そうだと思った.途中で代数幾何的な応用例として挙げられていた Donaldson–Sun の Gromov-Hausdorff limits of Kähler manifolds and algebraic geometry はどちらかというと複素幾何寄りな気もするのだが,もう少し代数幾何っぽい応用もできないのだろうか.あってもおかしくはないと思うが.