2026 年 7 月

7/3(金)

月初め早々セミナーの準備に追われて日記が書けていなかった.準備はかなり逼迫していたが,何とか Kim の論文の証明を紹介することができた.今日のセミナーで示した命題(Siegel の定理)は

素数の有限集合 SS に対して,SS に含まれる素数のみを素因子に持つ互いに素な整数の組 (a,b,c)(a, b, c) であって a+b=ca+b=c を満たすものは有限個である.

という非常に初等的なもので愉快だった.私は初等的な命題を(願わくば philosophical に含蓄のある方法で)高度な理論を用いて証明するという数学が好きなので楽しいセミナーになった.philosophical というのは,ここでは Grothendieck の anabelian geometry の類の話の延長線上にあるという意味で言っている.即ち,基本群を見ると多様体の有理点に関する情報が分かるという発想に基づいているという点で,anabelian geometry と同様の指導原理に基づいている.

Ayoub の relative Kontsevich–Zagier や Brown の多重ゼータ値の仕事はモチーフ論の応用としてかなり順当である(\neq 簡単である)と思うが,Kim の仕事はかなり意外に思える.

セミナーの後,コモンルームで数学の話をしていた.B3 の後輩から Iterated Integrals and Multiple Polylogarithm at Algebraic Arguments という論文を教えてもらった.この論文自体は初等的な手法で polylogarithm の代数的数での値を調べたものだが,何か motivic なことに関する示唆が得られそうな気もするので,暇がある時に目を通してみようと思う.それから先輩に円分多重ゼータ値の話を聞いた.通常の多重ゼータ値からすると色々とイレギュラーな振る舞いをすることが知られているそうで,面白そうだと思った.どのような背景があるのかも気になる.

結局 KZ proconnection は unipotent connection の淡中圏における universal projective system になっているものだと理解した.de Rham 基本群の座標環はこの proconnection の fiber の dual として得られるので,shuffle product は KZ proconnection の comutiplication から来ているということになる.この comultiplication は究極的には Leibniz rule との整合性から定まるものなので,shuffle product という構造は間接的にではあれど Leibniz rule に由来するものであるとも言える.なるほど,Leibniz rule は矢張り偉い. Liebniz rule は関係なかった.

最近私の MacBook の動作が遅くなってきたような気がする.高校三年生の頃から使っているので,そろそろ替え時なのかしら? あるいは,私がウィンドウを開きすぎなのか.

7/4(土)

数ヶ月前に,夏休みに母校の高校生向け教養講座のようなもので専門の話をしてほしいと言われて承諾したのだが,いざ内容を考えてみると結構難しい.既にモチーフと超越数の話をしますと言ってしまったが,高校生向けにどうやってモチーフを紹介しようかしら?

次回のセミナーでは Dan-Cohen–Wewers の残りの部分(depth 2 の商についてより詳細に言えること)に関して話そうと思うが,準備はそこまで大変ではなさそうなので,今から油断している.

7/5(日)

今日は頭が痛かった.

昨日に引き続き,例の講座の準備をしていた.多少進んだが,説明が面倒な箇所が色々とある(こういうものは暫く寝かせると良い説明の仕方をふと思いついたりするものだが……).

MacBook を再起動したら動きが軽くなった.

7/6(月)

今日も頭が痛かった.台風のせいかしら?

暫くは non-abelian Chabauty–Kim theory の周辺を色々と調べてみたいと思っている.願わくは研究し得るネタが見つかって欲しいものだが……

CMI の pp 進 Hodge 理論を読み進めていた.

7/7(火)

6/2 の日記 で言及した Kim の講義スライドに軽く目を通した.それから Kim の Arithmetic Gauge Theory: A Brief Introduction も少し読んだ.どうやら Kim の non-abelian Chabauty–Kim theory にはかなり物理学的な背景があったらしい.Arithmetic Gauge Theory では『素数と結び目』に書かれている 3 次元トポロジーと整数環のエタール位相の類似に関しても述べられていた.ちょうどこの辺も勉強したいと思っていたところだったので,森下先生の本を読む機運が高まってきている.

物理学や数理物理は,勉強したいとずっと思っていながらも結局全く手をつけられずに来た.何度か勉強してみようと試みたこともあったのだが,毎回どうもよく分からなくなって終わってしまっていた.

Claude が賢いと聞くので,無料版と話(というよりレスバ?)をしてみたのだが,とにかく強い.論破王の位を Claude に禅譲して私は論破上皇になるべき時が来たかもしれぬ.

7/8(水)

大学の後,ヴァイオリンがあった.久しぶりに『結び目の不変量』を読み進めた.

跡部発『モジュラー形式と保型表現入門』:これはなかなか良さそうだ.私は表現論が全く分からないので,表現論がわかるようになれば手の届く範囲も広がりそうな気がする.

来年度から数学科 3 年春学期の複素解析学 II が必修から外されて選択必修になっているらしい(2026 年度数学科パンフレット参照).確かに,私が受けた年の講義(T 先生)は必修にしている理由が分からないような超マニアック講義だったし,私の下の代(S 先生)に関しては Abel 圏や層のコホモロジーまで扱っていたらしいので,妥当ではあると思うが,個人的にはとても楽しい授業だったので少々残念な気もする.

古田幹雄先生追悼研究集会 11月8日の幾何:先月末に古田幹雄先生が亡くなられたらしい.私が B2 の頃に必修の集合と位相を担当されていて,私の一つ下の代の同科目を担当された年を最後に退官されたばかりだったのでとても驚いた.

Dan-Cohen–Wewers の 8 節を読んだ.étale realization と de Rham realization の始域となるような圏として,順当に mixed Tate motive の圏が用いられているのだが,introduction には mixed Tate hyperplane arrangement の圏でも代用できる代用できると書いてある.これは Beilinson–Goncharov–Schechtman–Varchenko の Aomoto Dilogarithms, Mixed Hodge Structures and Motivic Cohomology of Pairs of Triangles on the Plane という論文で導入された概念らしい.そういえば昔(確か)トポスで多角形を切ったり貼ったりする操作がモチーフと関連しているという話を聞いたことがある.

私の一つ下の代の数学科の人たちの間で俄にドストエフスキーが流行しだしているようで嬉しい.

7/9(木)

今学期の木曜授業は今日で最後だったらしい.あまりにも早い.この間修士課程に入ったばかりだと思っていたのに.これをあと三回(実質的には二回くらい?)繰り返すまでに修論を書かないといけないとなると不安に思えてくる(実際には長期休みもあるので,これより長い期間があるだろうが,それにしても……).

モチーフの授業で Standard conjecture の諸々の亜種の関係に関して解説された.この辺りはよく理解していなかったので有り難かった.

conjugation が syzygy の calque であることに今更気がついた.

7/10(金)

楕円積分に関する Legendre 関係式 ω0η1ω1η0=2πi\omega_0 \eta_1 - \omega_1 \eta_0 = 2\pi i は,motivic には楕円曲線 EE の(cohomological Chow)モチーフ h(E)\mathfrak{h}(E) に対して,Sym2(h1(E))h2(E)\mathrm{Sym}^2(\mathfrak{h}^1(E)) \cong \mathfrak{h}^2(E) であることと,h2(E)Q(1)\mathfrak{h}^2(E) \cong \mathbf{Q}(-1) であることの帰結であるということに気がついた.後日もう少し詳しくメモしておきたい.

それから,y2=x3xy^2 = x^3-x に関する Legendre 関係式から

01dttt301tdttt3=π\begin{align*} \int_{0}^{1}\frac{\mathrm{d}t}{\sqrt{t-t^{3}}} \int_{0}^{1}\frac{t\mathrm{d}t}{\sqrt{t-t^{3}}} = \pi \end{align*}

という恒等式が得られる.これは少し面白い.この恒等式を積分変換などのみを用いて証明するとしたら,どのようにすれば良いのだろうか?(motivic には証明を知っているわけだから,それを具体的な積分のレベルで書き下せば恐らくそのような証明が得られるのだろうが,面倒なのでやりたくない……)モチーフ論を使えば殆ど計算をせずにこの手の等式を導けるところが面白いと思う.

今日の夜は Cisinski のゼミがあった.4 章が殆ど終わったが,復習不足で若干置いていかれ気味なので,次は私の発表の番でもあることだし,一度真面目に勉強し直さないといけない.

一日中講演の為に色々と悩んでいたが,先述の楕円積分のことを思いついたので活路を見出せた感がある.あとはこのことを高校生にも何となく分かるレベルで話せるようにすれば良い(それが難しいのだが……).

7/12(日)

今日はずっと講演の準備をしていた.それなりに進捗があったので良かった.

そろそろ次のセミナーの準備もしないといけないが,最近は(主に講演の準備などに時間を取られて)なかなか思うように数学ができていない.しかしこれ自体もそれなりに楽しいのでそれほど苦ではない.

『サタンタンゴ』を読み終えた.タル・ベーラによる映画は思ったよりもかなり原作小説に忠実であったことが分かった.後書きに,クラスナホルカイのデビュー作である『サタンタンゴ』を読んで気に入ったタル・ベーラが映画を作ることを持ち掛けたと書いてあったが,確かにクラスナホルカイの文体とタル・ベーラの作風は妙に親和しているので,タル・ベーラが気に入ったのも不思議ではないように思える.

2025 年 10 月 26 日の日記に映画の《サタンタンゴ》を観た日の感想が書かれている.何か面白いことが書かれていないかと思ったが,小説を読みおえた今も概ね同じような感想だったので少し残念だった.(読み返したついでにネタバレ部分を隠した)

ここに小説版のネタバレを含みます 映画版ではセリフや説明が必要最低限(或いは,それ未満)しかないので登場人物の行動や場面の背景が理解できない箇所も幾つかあったが,小説にはしっかりと書かれていた.私にとって特に印象に残ったのは,医者が斯くも執拗に記録を取り続ける動機と,それから最後に医者が自分の日誌に書くことが外界を支配していると言う妄想に取り憑かれる場面だった.この小説において,医者はほぼ唯一の「積極的な」人物であると思う.いや,積極的というとおかしいが——というのも医者は家に引きこもって人と関わろうとしないのだから——兎に角,他の村人と違って退嬰の餌食にはなっていない——少なくとも,

農場の解散が通達されると、「免許停止解除の決定」が下りるまでは、この地に残留することを選択し、ホルゴシュの上の類といっしょに製粉所に上がり、人々が慌てふためき、大声を上げながら右往左往し、ばたばたと慌ただしく荷物を積みこむようすや、早々と逃げるように遠くへと走り去っていくトラックの車列を眺めていると、農場全体が、死刑判決を受けて、支柱を失い、がくりと傾いたように感じた、あの日を境に、たとえいかにあがいてみたところで、まるで勝ち誇ったように進行していく崩壊を食い止めるには、自分はあまりにも脆弱すぎる、家、壁、木々、大地、高みから舞い降りる鳥、すばやく身を隠す獣、人間の肉体、欲望、希望、ありとあらゆるものを無残に粉砕するこの力に抵抗する術はなく、そうした能力も自分は持ちあわせてはいない、人間の創造物に対する恥ずべき破壊行為を阻止することはとうていかなわない、そう思うようになっていた。こうして早くも、自分にできることといえば記憶すること、ただそれによってのみ、このおぞましくも屈辱的な崩壊に抵抗することができる、この地で石工たちが積み上げ、大工たちが作り上げ、女たちが縫い上げたものすべて、この地で男たちや女たちが艱難辛苦のあげくに創造したものすべて、それらはたとえいつの日か、どろどろになって地底深くを無軌道に流れる、何とも得体の知れない物質になってしまったとしても、体内組織が自分との「契約に同意して」機能し続ける限り、腐敗の死の禿鷹に骨肉を食り食われるまで、自分の記憶だけは生き続ける、そう思い至った。医者は、見た目上さほど意味はないからといって、それを観察対象から除外することは、無秩序と把握可能な体系の間で揺れる浮き橋の上で、無防備なまま方向を失い、ただ突っ立っているに等しいと認めることにほかならないと気づいて物然とし、すべてを徹底的に観察し、継続して「記録する」ことを決意した。

或いは

この農場と周辺に広がる、かつては「肥沃な土地」と呼ばれた土壌が、太古には海に覆われていたことがあり、この土地では時代の変遷と相携えて海と陸とが交替していたのだと思うと、想後力を大いに掻きたてられて、その説にすっかり魅了されたが、時代の大いなる波に深く身を委ねていると、自分がちっぽけな点のような存在にすぎないことを醒めた思いで認識し、自分は揺れ動く地殻の上に立つ無防備で無力な犠牲者なのだと感じた。こうしたことを考えている合間にも、ずんぐりむっくりのシュミットが、びしょ濡れの綿入れの上着を着こみ、泥が付着して重たくなったブーツをはき、シケシュからの農道に姿を現し、身体を揺らしながら歩いてくると、誰かに見られるのを恐れているのか、そそくさと裏口から自分の家に入ったことを、しっかと日誌に記録していた。誕生から死へと至る人生が描く軌跡も、沈降する海と隆起する尾根との静かなせめぎあいのなかでは、はかなくも跡形もなく酒え失せていく。椅子に収まる肥満した自身の身体の下で、次にやって来る海進の前触れかもしれない、かすかな揺れを感じた気がした。それは、完全に無益な逃走を促す警告、だからといっていざその時になれば、誰しもが逃げないわけにはいかず、その点では医者自身とて例外ではなく、鹿、熊、兎、良、虫、蜥場、大、先を争って逃げまどう動物たちの群れとともに、人間たちも恐慌をきたして我を失い、大群を成して逃げていく。無目的で非合理な無数の命が運命を共有し、人知を超えた破滅へと向かっていく。頭上では鳥たちが力尽き、次々と墜ちていく、翼に最後の希望を乗せて。しばしの間、さらなる試みは諦めて、余力を「欲求の停止」に回した方がよいのではないか、そんな漠とした考えに囚われた。さんざん苦しみながら事象に名称を付与し続けるよりは、食事、酒、タバコを少しずつ減らし、いっそ沈黙を選んだ方がよいのではないか、そうすれば数か月、いや、ー、二週間もすれば排泄物からも解放された清らかな日々が訪れ、やがては痕跡を残すことなく、誰にも気づかれることなく、早く来いと催促する最終的な静寂のなかに溶けこみ消えていけるだろう。だがすぐにそれは、恐怖と、尊厳を維持したいという思いが生んだ脆弱さにすぎないと思い至り、何もかもが愚かしい考えに思えてきた。

結局医者は(映画と同じく)家の窓を封鎖してしまい,そこから『サタンタンゴ』の冒頭を書き始めるのだが,するとこの物語全体が医者の妄想である可能性もあるということだ.医者の認識と自意識が遂に自らを食ってしまって袋小路に陥った末の喜劇(?)がこの物語だったのだろうか?(指摘するのも野暮だが,この虚無感はまさに『豊饒の海』のそれに似ている!)

クラスナホルカイの著作で既に邦訳があるのは『サタンタンゴ』を除いては『北は山,南は湖,西は道,東は川 Északról hegy, Délről tó, Nyugatról utak, Keletről folyó』のみのようだが,こちらも読んでみたい.早川が今年 9 月に新訳を出すらしい:版元ドットコム

7/13(月)

気になること:Ayoub の motivic fundamental Hopf algebra と(古典的な)P1D\mathbf{P}^1\setminus D の motivic fundamental group の関係.

とても面白い動画.Goodstein 数列という数列自体知らなかった.この人の動画はどれも結構高度で面白い.

今日は Dan-Cohen–Wewers を読み進めた.(極めて初等的な)主定理の証明の概要は分かったので,あとは細かい計算を追ってセミナーまでに発表できるようにすれば良い.現段階の私の理解では,この論文で詳しく調べられている depth 2 に特有なのは,de Rham 基本群の 2 次部分への射が bilinear であることと,twisted anti-symmetry relation という関係式であって,これらのお陰で単に Chabauty–Kim 法を適用するのみならず,具体的に Coleman 関数を構成することが出来るので,整数解の数の上界が与えられるということらしい.勿論,depth 2 というのはかなり浅いので,示せる結果としてはそこまで強いものではないが,それでも例えば少し応用すれば

0 でない有理数 a,b,c,da, b, c, d に対して, abxcdy=1ab^x-cd^y=1 の整数解は有限個である.

というようなことが示せる.

ネトストの友人に私が B1 の頃に書いた文章を発掘されてしまった.折角なので読み返してみると,文体は衒学的でしかも内容は拙劣だったので流石に非公開にせざるを得なかった.こういう隠蔽体質は好ましくないのだが! 本を出版する人(や,黒歴史を削除しない人)は本当にすごいと思う.

7/14(火)

今日で超局所層理論の授業が終わった.最後の Tamarkin 圏の話が面白かった.この辺りは exponential motive とも関わりがあるらしいので気になっている.

セミナーの準備を少し進めた.大丈夫そうな気がしてきた.Dan-Cohen–Wewers はかなり丁寧かつ精密に書かれているのでとても有難いのだが,そうすると今度は分からないことを著者の書き方の所為に出来なくて困る.

今まで period を motivic に扱うときに普通の(即ち解析的な)de Rham コホモロジーと代数的 de Rham コホモロジーをかなり適当に扱っていたが,実際に具体的に中身を見る議論をしようとすると意外と面倒だということに初めて気が付いた.

某オタク discord サーバーで超越者に関する議論が流行していて面白かった.

7/15(水)

Chern–Simons 理論の James Simons が億万長者だったと知った.年収 1700 億円!

モチーフの実現(即ち Weil コホモロジー)は大きく分けて Betti, de Rham, étale, crystalline の四系統しか見ない気がするが,これには何か理由があるのだろうか? それとも探せばまだ見つかる余地があるようなこと?

7/16(木)

楕円曲線を作るときに出てくる branch の様子を desmos で描いてみた.理屈としては知っていることだが,実際に点を色々と動かしてみると楽しい.

セミナーの準備をした.今日は比較的余裕があった(しかし,前日までの感触と当日のできの間に相関関係は存在しないことが知られている).Galois コホモロジーについて考えていたら少し理解が深まった気がする.

7/17(金)

セミナーがあった.Dan-Cohen–Wewers を読み終えたので,これで今学期のセミナーは終了,夏休みは研究できそうな問題を探しつつ好きに読みたいものを読むということになった.研究を頑張りたい! 色々と気になっていることはあるので,まずはそれらを少し調べてみたい.

セミナーが終わった後は疲れてしまったのでコモンルームで人と話していた.

指導教員とのセミナーがもう既に一年半近く続いているということが俄かには信じがたい.去年の春学期にエタールコホモロジーを勉強していた頃よりは結構成長したと思う.

セミナーで扱った論文などを更新した.こうして見てみると,意外と色々と読んでいたように思える.

7/18(土)

今日は一日中家にいた.

Kelly 先生の Algebraic KK-theory を読んだ.多分去年受けた導来代数幾何学の授業で同様のことを扱っていたのだと思うが,全く理解できなかったので覚えていなかった.ここに書かれている \infty 圏論的な KK 理論の定義はあまりにも洗練され過ぎていて,全く直感が働かない.同 PDF にリンクが貼られていた 2023 年の Motives in Tokyo での Piotr Pstrągowski さんの講演も見た.純粋にホモトピー論的な対象である筈の球面の安定ホモトピー群の決定に motivic homotopy が関わってくるというのは不思議.

pstrąg = 鱒らしい.

講演の準備を進めた.

7/19(日)

母校での講演のうち数学の方は大体終わった.言語学の方もそれなりに準備を進めた.水曜日に仲間内で聞いてもらう会をすることになったので,それまでに仕上げなければならない!

駒場図書館で古田徹也先生の『不道徳的倫理学講義』を借りた.バーナード・ウィリアムズの『道徳的な運』も借りようと思っていたのだが,あいにく貸出中だった.この通り,最近 moral luck という概念に興味を持っている.興味を持っているというか,ずっと漠然と考えていたこと(に近いこと,或いはそれなりに重複すること)に moral luck という名前がついていたことを知ったと言った方が正確ではあるが.考えていたことつまり,私は客観的に見ればそれなりに真っ当な人間であろうが,私がそのようにあることが出来たのは全くもって偶然の産物であり,従ってそれに対する如何なる肯定的評価にも私は値しないということ,更に言えば私とありと凡ゆる悪人との間に全く無意味な偶然性を除いて違いなどあるべくもなく,従って,偶然性の結果として本来値しない筈の肯定的評価を受ける私は,また別の偶然性によって(然るべく?)悪人の烙印を押されている人物よりも,他人を欺いて肯定的評価を騙し取っているという点において輪をかけて卑劣な人間であるということである.ただ単に私の頭が狂っているだけなのかもしれないが,このことは私にはどうしても否定し難いように思われる.

7/20(月)

Fable が Jacobian 予想の反例を発見したという衝撃的なツイートが流れてきた.Hartshorne の未解決演習問題の一つが(少なくとも部分的に)解決されてしまったのか……

July 20, 2026

もしも Grothendieck や Deligne がいなかった世界において,AI が彼らの数学を殆ど完全に復元できるかと問われると,私はかなり懐疑的なので,まだ数学において人間が AI に本当に取って代わられることはないのではないかと思っているが,AI 業界のプロからしたらこれは楽観的すぎる態度なのかも知れない.しかしながら,いずれにせよ人間が取って代わられないことと私が取って代わられないことは別の話で,これからの時代は Grothendieck や Deligne のような数学者しか生き残れませんとなったら,それはそれで困ってしまう.このようになる可能性は高いと思うが.

淡中圏の冪単部分は trivial object の Ext1\mathrm{Ext}^1 から決まってしまい,多様体上の Betti / de Rham / étale / crystalline な淡中圏の場合,これは対応する 1 次コホモロジーに当たるので,これらのコホモロジーが motivic である以上,冪単基本群が motivic であることを期待するのはそれなりに自然な発想であるなあと理解した.逆に言うと,一般の基本群は motivic にはなり得ないのだろう(cf. Ayoub の motivic fundamental group における位相的基本群の Zariski 稠密性).

なお,冪単でない基本群について:Unipotency in realisations of the motivic fundamental group

Kim Minhyong が MO をやっていることを知った.面白そうなことを色々と書いている.

Mercat, Discrete Riemann Surfaces:Twitter で流れてきた論文.気になる.

7/21(火)

言語学の方の講演の準備をしていた.それなりに進んだが,まだ終わってはいない.最近こればかりしている.思った以上に時間がかかるなぁ.しかし無責任なことはできないので仕方ない.

Hain–Matsumoto を読みたい気持ちになってきた.Dan-Cohen, Schlank. Rational motivic path spaces and Kim’s relative unipotent section conjecture も気になる.