вести と везти について

投稿日:2024/1/12

言語

ロシア語

印欧語

比較言語学

メモ

ロシア語の動詞 вести「連れて行く」と везти「運ぶ」は非常に似ており,混同してしまいがちである.更に悪いことに вести は不規則現在語幹 вед- を持つと来ている.しかしこれらの語の語源を知れば幾らか覚えやすくなるのではないだろうか.

先ず вести であるが,一気に印欧祖語まで遡ってしまうことにすると,この動詞は印欧祖語の *u̯edh- ‘to lead’ という語根に由来している.本来印欧祖語は動詞の不定形を持たなかったとされているが,娘言語の多くは不定形を持っており,その中でも幾つか言語に於ける不定形は究極的には *-tu- という接尾辞 (に更に他の要素が付いたもの) に由来している.ロシア語の -ть/-ти もその一例である.従ってロシア語の вести は *u̯edh-tu- に起源を持っているということになる.印欧祖語は,歯閉鎖音が連続した場合に,その間に歯擦音を挿入するという変化を被った.斯くして現れた 歯閉鎖音-歯擦音-歯閉鎖音 の子音連結は多くの言語で簡略化されており,バルト・スラヴ語派では -st- に変化している.この辺りの知識があれば,*u̯edh-tu- が вести に変化したことは (印欧祖語からロシア語に至るまでの詳細な音韻変化などは無視しているが) 納得出来るだろう.вести の -ст- という子音連結は不定形を形成したときに現れる歯閉鎖音の連続が変化したものであるので不定形にしか現れず,現在語幹には元の вед- が現れる.

因みに英語の wed「結婚させる」という動詞 (cf. wedding) も вести と同根 (即ち,印欧祖語の *u̯edh- が由来) である.*u̯edh- の本来の意味は前述の通り ‘to lead’ であるが,この語根は婚約に関する意味も持っていたらしく,Kroonen は “The Indo-Europeans were culturally exogamous (on the female side), which implied that the bride was led away from her father’s to her new husband’s family” と述べている (Kroonen, 2013, p. 564).

続いて везти であるが,これは印欧祖語の語根 *u̯eǵh- ‘to carry’ に由来している.印欧祖語は *ḱ, *ǵ, *ǵh という一連の子音を持っており,これらの子音は各々の娘言語に於いて大きく分けて 1. k, g 系の子音 (軟口蓋音) のまま保たれた; 2. s, z 系の子音 (歯擦音) に変化した (口蓋化) という二通りの音韻変化を見せた.印欧語族の言語のうち,1. の変化をした言語群を centum 語群,2. の変化をした言語群を satem 語群と呼んでいる.centum, satem はそれぞれラテン語,サンスクリット語で「百」を意味する語であり,ラテン語は centum 語群に含まれ,サンスクリット語は satem 語群に含まれる.スラヴ語は satem 語群に含まれ,上述の三音素は (概ね) *ḱ > s; *ǵ, *ǵh > z という変化をしている.英語 (centum 語群に含まれる) の know とロシア語の знать は実は同根であるが,ここに現れる k と z の対応もこの口蓋化に因るものである.閑話休題,везти に話を戻そう.satem 語族の口蓋化を考えれば,印欧祖語の *u̯eǵh- という語根がロシア語の везти という動詞を与えたということが (再びここでも詳細な音韻変化は無視しているが) 分かるだろう.вести の с と違い,везти の з は特別な変化で現れたものではない為,現在語幹 вез- でも保たれている.

印欧祖語の *u̯eǵh- という語根は,英語の way やドイツ語の Weg などの語源でもある.ドイツ語の Weg は *u̯eǵh- と非常に類似していて分かりやすい (とは言え,当然ながら印欧祖語から現代ドイツ語に至るまで恒常的にこの語形であった訳ではないのだが……) が,英語は直ぐには分かりにくいかも知れない.語末が y になっているのは古英語期に於ける口蓋化に起因している.way は古英語では weg と綴られていたが,この g は先行する e の影響で口蓋化と呼ばれる音韻変化を被り [j] の音で発音されていた.現代英語の綴りは,この発音が反映されている.このような g > y [j] の変化の例はかなり多く,例えば garden と yard という二重語が存在するのもこの影響である.yard (古英語での綴りは geard) は英語固有の語であり,語頭の g が口蓋化を被っている.他方で garden は同じくゲルマン語由来であるが,この語はアングロ・ノルマン語を経由してノルマン・コンクエストの時に英語に齎された語であるので,古英語期の口蓋化を被っておらず,本来の g が保たれている.

参考文献